グローバル科学トピック:009
July, 2009
七夕に「かぐや」と地球からは見えない月の裏側を想う
さまざまな成果をもたらした月周回衛星“かぐや”が、2009年6月11日、月に還りました!
20世紀の幕開けと共に空を飛ぶ機械=飛行機を発明した人間は、それからたった60年ほどで、今度は地球の大気圏を越えて宇宙に飛び出す機械=人工衛星や宇宙船を作りました。
1961年4月、ソビエト(現・ロシア)の宇宙船ボストーク1号は、史上初めて人間を宇宙に送り出すことに成功しました。大気圏を越えて地球周回軌道に入り、1時間48分かけて地球を一周してから無事帰還した当時弱冠27歳の宇宙飛行士ユーリイ・ガガーリンの「地球は青かった」という言葉はあまりにも有名です。
こうして地球の重力を離れることに成功した人類が次に目指したのは、「月」でした。地球上どこにいても、夜空を見上げるとそこにある月。この誰でも知っている月は、地球に一番近い天体です(月は地球の「衛星」です)。
史上初の有人宇宙飛行の栄誉をソビエトに奪われたアメリカは、莫大な予算を投じた国家プロジェクト「アポロ宇宙計画」を強力に推進し、1969年7月20日、アポロ11号が月面「静かの海」に着陸。人間が月に降り立ちます。そして、その後1972年までの4年間に、7機のアポロ宇宙船(11号〜17号)が18人の宇宙飛行士を月に運びました。
…ところが、月の探索はアポロ17号でおしまい。
当時の宇宙開発競争は、科学の発展や知識の拡大などを目指したものではなく、アメリカとソビエトという二つの大国が、主に軍事的な覇権拡大のために競い合っていただけでした。燃料電池やコンピュータによるロケット誘導技術など、その後の軍事技術の基礎が築かれると、熱がさめたかのように宇宙開発は全面的にストップ。その結果、『月はどのように生まれ、現在の形になったのか?』という、月の成立に関する根源的な謎はついに解明されぬまま、放置されてしまいました。
次に人類が月を目指したのは、アポロ17号が最後に月に降り立ってから実に27年後(!)の1999年、日本の宇宙航空開発機構(JAXA)が、月面周回衛星「かぐや」の開発を決定した時でした。
かぐやによる月探査は、ギリシア神話の月の女神セレネにちなみ、「セレーネ計画(Selene Project)」と名付けられました。セレーネ計画の目的は(アポロ計画の時とは違い)、『月の起源と進化を解明すること。また将来の月の利用のため、さまざまな観測を行うこと』。
かぐやは主衛星と2機の子衛星(リレー衛星[おきな]、VRAD衛星[おうな])から構成され、3機が結合した状態で、2007年9月14日、種子島宇宙センターから発射されました。打ち上げからおよそ3週間後の10月4日には、かぐやを月の軌道に乗せるミッションが完了し、初期機能確認フェイズへ移行。12月21日までにすべての初期機能確認を無事完了し、以降、月のまわりを周回しながら、15の観測ミッションを次々とこなしていきました。
かぐやが行った15の観測ミッション
元素分布の観測
01.蛍光X線分光計(XRS)
02.ガンマ線分光計(GRS)
鉱物分布の観測
03.マルチバンドイメージャ(MI)
04.スペクトルプロファイラ(SP)
地形・表層構造の観測
05.地形カメラ(TC)
06.月レーダサウンダー(LRS)
07.レーザ高度計(LALT)
環境の観測
08.月磁場観測装置(LMAG)
09.粒子線計測器(CPS)
10.プラズマ観測装置(PACE)
11.電波科学(RS)
12.プラズマイメージャ(UPI)
月の重力分布の観測
13.リレー衛星中継器(RSAT)「おきな」
14.衛星電波源(VRAD)「おうな」
ハイビジョン映像
15.高精細映像取得システム(HDTV)
…むずかしい機械の名前が並んでいて、なにが行われたのか?サッパリわかりませんね(笑)。
もっともわかりやすい成果をひとつ上げると、
今までは衛星から送られてくる「写真」以外に手がかりがなかった月の裏側が、その地形や構造を含め、かなり詳細にわかったこと!
これは、かぐや最大の成果と言って良いでしょう。なにしろ、月は常に同じ面(ウサギが餅つきしている面)を地球に向けているため、その裏側は、永いあいださまざまな謎に包まれていたのです。実際、たとえば2009年2月に出版されたアメリカの科学雑誌「サイエンス」誌では、大々的にかぐやの特集が組まれましたが、そのタイトルはズバリ!「SELENE and the Lunar Farside(かぐやと月の裏側)」と題されていたほどです。
…さて、ここでちょっと豆知識。
なぜ?月は常に同じ面を地球に向けている(=地球からは月の裏側が見えない)のでしょう?
それは、月の自転周期と公転周期が完全に一致しているためです。自転とは、おでんのように月の真ん中に刺した串を中心にして月自体がくるくる回る運動のことで、公転とは、地球に刺した串を中心にして月が地球の周囲をくるくる回る運動のことです。地球の自転周期は24時間(正確には23時間56分4.06秒)、公転周期、つまり太陽の周りを一周する時間が365日(正確には365.2425日)であることは、皆さんご存知の通りです。
月は、この自転周期と公転周期が、どちらも27日(正確には27日7時間43.2分)なため、地球のまわりを一周するあいだに月自身も一回転することで、地球からは常に同じ面しか見ることができないのです。
自転周期と公転周期がまったく同一だなんて、なにか 魔法か奇跡 のような気がするかも知れませんが、実は自転と公転の周期がシンクロ(一致)するのは、衛星(=重力の力で主星のまわりを回っている)にはよく見られる現象で、私たちのいる太陽系内だけでも、ほかに火星の2つの衛星や木星のガリレオ衛星群、土星の衛星タイタンなどで同じことが起こっています。ここでは難しい重力の話は省略しますが、要は自転と公転の周期が同期している状態が、重力的に一番バランスがとれている!ということです。
さて、閑話休題。かぐやの話に戻りましょう。かぐやのおかげで、月の裏側の状態が細かくわかりましたが、その他にも以下のような、従来知られていなかった事実が判明あるいは解明されました。
- 月全球の正確な地形図を作成できた!
- 世界で初めて、月の裏側の重力分布を観測した!
- 月南極のクレーター(永久影)には水が存在しないことが判明した!
- 一年中太陽光の当たる場所はないことがわかった!
- 月の裏側では25億年前までマグマの噴出活動が続いていたことが判明した!
- 月の海の地下は、層状構造になっていることがわかった!
- 地下には斜長石(カルシウムやアルミニウムに富む鉱物)の層があることがわかった!
このような華々しい成果を挙げた「セレーネ計画」は、今年の2月12日、まずリレー衛星「おきな」が予定されていたミッションをすべて終え、月の裏側にある「ミヌールDクレーター」付近に落下させられました。そして、先月6月11日、日本標準時午前3時25分には、かぐやも「GILLクレーター」付近へ落下し、正式に運用が終了(プロジェクトが完了)しました。また、最後まで残っていた「おうな」も6月末で正式に運用が終了しました(…が、まだ数年は月のまわりを周回し続けるそうです)。
「かぐや姫」の昔話では、月に還っていくのはかぐや姫だけで、翁(おきな=おじいさん)と媼(おうな=おばあさん)は地球に取り残されますが、人工衛星のかぐや、おきな、おうなは、揃って月に還っていくのですね。
こちらは、運用終了後、月面に落下する直前にかぐやが地球に送った最後の画像です。
…人工衛星(=機械)とはいえ、こうして最後の瞬間まで月の映像をけなげに送信し続けてくれたりすると、なんだか胸にグッとくるものがありますね(泣)。現在、宇宙航空研究開発機構で解析が続いている、かぐやがもたらした月に関する膨大なデータは、今年末頃より少しずつ新たな科学的知見として公開されていくことになっています。
宇宙航空研究開発機構(JAXA)
Wikipedia:“かぐや”、“月”、“アポロ計画”、“ガガーリン”ほか
グローバル・ポジショニング・システム(ウィキペディア)
© “Science” Vol.323、Issue5916(13 February 2009)(英文)
「An image of the moon」photo by WikiMedia Commons(Public Domain)、「H-IIAロケット13号機による月周回衛星「かぐや(SELENE)」の打ち上げ」photo taken by Naritama(GNU Free Documentation Licence)|「Buzz Aldrin" ao lado do Módulo Lunar pousado na superfície da Lua - Apollo 11」photo by NASA(Public Domain)|「ハイビジョンカメラがとらえた月面 ラストショット」(JAXA/NHK)